『主婦休みの日』に休める主婦は多分いつだって休めるんじゃないかという疑問

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今日1月25日は『主婦休みの日』です。

1年中休みなく家族のために働き続けている主婦(夫)が、『主婦休みの日』だけはゆっくり休んで良いそうです。

私はそれを夕方のニュースで聞いて、ただただ虚しくなりました。

今日一日、朝5時に起きてからの慌ただしさを思い出し、疲れがどっと両肩に乗っかってくるような気がしました。

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『主婦休みの日』って誰が決めたの?

主婦休みの日は、2009年に制定されたのだそうです。

生活情報誌『サンケイリビング新聞社』さんが、「主婦の元気がニッポンの元気になれば」との願いから「主婦休みの日」を日本記念日協会に申請して、認定されました。

「主婦の元気が日本の元気になれば」という言葉だけでもカチンと来るのは私だけでしょうか。

なんで日本の元気まで背負わなあかんねんと正直思ってしまうのです。

ちなみに、主婦休みの日は今日だけではなく、5月25日と9月25日にもあるそうです…

主婦休みの日に休める主婦がいったい何人いるのか

夫「今日は主婦休みの日だから、夕飯はお惣菜で良いよ。仕事早く切り上げて帰るから、たまには友達と食事でも行って来たら?」

私「え?なによ主婦休みって?そんなのあるの?まぁ、でもせっかくだから、じゃあ出掛けてこようかな。ありがとうね!」

 

姑「今日は主婦休みの日らしいわよ。子ども達は預かるから、少しゆっくり休んでみたら?」

私「ええ、そうなんですか?知らなかったです。お休み…?いや、いつもゆっくりさせてもらってますよ。でも、それじゃあせっかくなので、少し休ませてもらいますね。」

 

もしもこんな風に言ってくれる人がいて、こういう会話が成り立つなら、『主婦休みの日』の意味はありますよね。

でも、こんなこと言ってくれる優しい家族がいる幸せな人って、いったいどれくらいいるんでしょう。

私の夫は間違いなく『主婦休みの日』のことなんて知らないし興味も無いし、私から「今日は主婦休みの日だってよ」と言っても、「あーそう?あははは」とごまかすくらいだと思います。

休めないのに休めと言われるのは虚しい

テレビとかで、「忙しい主婦の皆さん、今日はゆっくりして下さいね!」なんて笑顔で言っているアナウンサーを見ると、「きれいごと言うなよ」と思います。

主婦が担っている家事、育児を1日でも休むなら、まず、それを誰が変わりにやってくれるのかを考えなくてはいけません。

変わりを提供できないのに「主婦休みの日」なんていう日を勝手に作ることは間違っていると思うし、逆に主婦(夫)の心を追いつめることにもなりかねないと感じるのです。

専業主婦でも共働きの兼業主婦でも、家事や育児を心から負担に感じて心の底から「誰かに助けてほしい」「手を差し伸べてほしい」と思っている人はたくさんいると思います。

そう言う人達がなぜ追いつめられるのかというと、誰も助けてくれないからです。

子どもは可愛いし家族を大切にもしたい。だけど、もう朝から晩までやることが多すぎてキャパオーバー。それでも、周りに助けてくれる人はいない。

そういう状況で『主婦休みの日』なんて呑気なことを言われて、家族に「主婦休みの日だから」という理由で休ませてもらっている幸せな奥さんなんかをテレビで見せられると、「自分の大変さ」にあらためて気付いて傷付いてしまうこともあるのです。

主婦休みの日を作るなら

『主婦休みの日』自体は悪いとは思いません。でも、ただ「休んでくださいね」と一方的に言っているだけでは無責任なのじゃないでしょうか。

本当に「主婦に休日を」と思ってくれているなら、勝手に休日を制定するのではなく、「どうしたら休めるのか」ということから具体的に考えてみたらどうかと思います。

『主婦休みの日』を周知させて、まわりの人が主婦の大変さに気付いて休ませてあげるような優しい社会作り…とか言わないでください。

そんなことで「休ませてあげよう」と思ってくれる優しい人なら、わざわざ周知させなくても、自分から気付いて「たまにはゆっくりしたら」と言ってくれるでしょう。

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人と比べることの苦しさ

うちの上の子は障害があるので、子育ては本当に大変でした。

5才頃まではまともに睡眠もとれずに毎日ふらふらしていたのですが、そんな時に同じ年の子どもがいる友達が、「今日はお姑さんが子どもを見てくれるからネイルサロンに行ってきまーす」とか、「今日は子どもがお泊まり会に行ってるので夫婦でゆっくり飲んでまーす」とかいうメールをいちいち送って来て、ものすごく傷付いたことがあるんです。

友達はそういうのが「普通」だとたぶん思っていて、だから私を傷付けているという意識は全く無かったと思います。

でも、私にしたらお姑さんが子どもを預かってくれるとか、子どもが親無しお泊まり会に行けて、夫婦で家でゆっくりできるなんて夢のまた夢の物語でした。

毎日毎日、家事や子育てで大変な思いをしながらでも、みんなその中に小さな喜びや幸せを感じながら生きていると思います。

そういう大変さや苦しさを、「大変だね、休んで良いよ」って家族に言ってもらえる人もいるんだということは頭では分かっていながらも、「人は人だ」と割り切って生きているのに、ふいにそれが目の前に突きつけられてしまう。

「あれ?自分ってもしかして不幸なのかな?誰にも大切にされていないのかな?」

って、気付く時の悲しさ。

『主婦休みの日』が虚しいと感じるのも、そういうのと似ているからなのです。

休める主婦と休めない主婦

『主婦休みの日』だからという理由で家事や育児を休める主婦(夫)は、たぶん主婦休みの日じゃなくても、その気になれば休息をとれる環境にいるんじゃないでしょうか。

本当に休みが必要な人は、どうやっても休めないから休みが必要なのです。

『主婦休みの日』なんていらない。とは言わないけれど、ちょっとやっぱり言葉の響きからして共感できないというか、ちょっと腑に落ちない気持ちになってしまうんですよねぇ。

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