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小泉今日子さんの「不倫宣言」に全く共感できない。

空中庭園

小泉今日子さんが妻子持ちの俳優豊原功補さんと不倫している事を堂々と公表しました。

この不倫宣言には賛否両論あるものの、普段なら「不倫は犯罪!」とばかりに責め立てるマスコミも、なぜか「潔い」だの「キョンキョンらしい」だのと、小泉今日子さんを持ち上げています。

私はこのニュースを知って、「本当にひどい話だな」と率直に感じました。

長年不倫され、夫が帰って来ない家で1人きりで子育てを続けていた奥さんや、ある日突然父親がいなくなって不安な日々を送っていたであろうお子さんの気持ちを考えると気の毒でなりません。

金銭的には豊かだったかもしれませんが、父親の不在による寂しさや悲しみは、お金で埋められるものでは決して無いでしょう。

その上、傷口に塩をすり込むように、大々的に不倫を宣言。

いくら事務所独立にあたって自分自身のけじめをつけたかったのだとしても、最優先に考えるべきお相手の家庭の事が完全に置き去りにされています。

小泉今日子さんが「けじめ」を本当につけたかったのであれば、やるべきことは不倫宣言ではなく、豊原功補さんと別れることだったと思います。

このニュースを、もしもお子さんが見聞きするようなことがあったら、どれくらい心が傷付くのか、友人知人、親族にどのような目で見られるのか…

考えなくても分かる事ではないでしょうか。

人を不幸にしてまで幸せになりたいですか?

不倫をしている人に対して疑問なのは、「人を不幸にしてまで手に入れたい幸せ」ってあるのだろうか、ということです。

たとえば大好きな人がいたとしても、一緒にいる時間に、相手の家では寂しい思いをしている妻子がいると思ったら、とてもじゃないけれど恋愛を楽しむことなんて出来ないです。

それはそれ、これはこれ。

なのかも知れませんが、少なくとも私は、誰かを不幸にしてまで何かを手に入れたいとは思わないし、家族をおざなりにしている人が自分に甘い言葉を囁いても、全然嬉しいとは感じません。

「妻とうまくいっていないから」と、男性側は主張するでしょうが、そういう時の男性の言葉が必ずしも信用できるものではないということは、恋愛経験のある女性なら誰もが分かる事だと思います。

それでも、それを分かっていても、不倫に走ってしまう気持ちって何なのでしょう?

今この瞬間に、家の中では妻が泣いているかも知れないのに、

学校のこと、将来のこと、お父さんに相談したくて子どもが待っているかも知れないのに…

そういうことが分かっていて、それでも平気で一緒に時間を過ごし、「楽しい」と感じる気持ちが、全く理解できません。

それは愛の深さでしょうか?

ものすごく愛していたら、妻子のことが考えられなくても仕方ないのでしょうか。

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不倫体質と愛情深さは別のもの

不倫体質の人は愛情深い人だと思っている人もいますが、これは間違っていて、不倫体質の人は愛情が希薄な人だと私は思っています。

自分の欲望の為なら人を傷つけても仕方がない。

不倫をする人はそう思っています。

不倫は悪い事だけど、好きになってしまったのだから、愛しているのだから、仕方がないのだ、と。

『不倫行為』は、シンプルに言えば

既婚者と男女の仲になる事、あるいは、既婚者でありながら別の異性と男女の仲になること

ですよね。

男女の仲にさえならなければ、友人として仲間として、支え合うだけの関係でいれば、誰も傷つけずにすむわけで、性欲が抑えられないから不倫になるわけです。

つまり、不倫をする人は性欲のコントロールができない、という事に他なりません。

今回の小泉今日子さんと豊原功補さんにしても、結局は性欲に負けたのですから、綺麗事を並べずに、自分たちの人間としての愚かさを反省して欲しいのです。

そして、もう公表してしまったのは仕方ないですが、せめて今後は傷つけた妻子へ最大限の配慮をして、特にお子さんをこれ以上傷つけないようにしてあげてほしいと心から思います。