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文藝春秋「神戸連続児童殺傷事件」少年Aの家裁決定全文掲載について

昨日発売の『文藝春秋』が、「神戸連続児童殺傷事件」の加害者少年Aを「医療少年院送致」と決めた、神戸家庭裁判所の決定全文を紙面に掲載したことが波紋を呼んでいます。

神戸家裁は昨日のうちに、記事を寄稿した共同通信社の佐々木央編集委員、当時この事件を担当した元判事で、少年Aの審判の全文を提供した井垣康弘弁護士、そして『文藝春秋』に対して抗議文を送り、この事件の被害者遺族も今回のことで不快感をあらわにしています。

少年Aの家裁決定全文を公開する意味は…

佐々木編集委員と井垣弁護士は、この神戸連続殺傷事件、いわゆる「酒鬼薔薇事件」は、悲惨な少年事件の原点ともなる重大な事件で、今もなお少年Aに対して憧れのような感情を抱いている若者もおり、先日の19才女子大学生が起こした高齢女性の殺害事件では、Twitterなどに書き込まれた言葉などから、犯人が少年Aに大きな影響を受けていたことも明らかで、そうした犯罪傾向のある少年少女の更生のためにも、この特異な事件の加害者となった少年Aの成育環境や事件に至るまでの経緯などを明らかにすることが必要なのではないかとの考えで、公表することを決めたそうです。

「少年事件において少年の匿名性の保護は絶対必要だが、なぜ事件を起こしたのかという情報を明らかにする必要があるケースも少なくない。まして、この事件は社会全体にすさまじい恐怖感を与え、少年法改正という少年司法の大転換にもつながった。社会が正しい情報を共有することは必要不可欠だった」 今回の全文公開のおおもとには、この井垣さんの悔恨がある。井垣さんは最近、希望する研究者らに、全文の複写を提供し始めた。そうであるなら、あの事件で少年の「心の闇」に脅え、おののいた多くの市民にも開示されるべきではないか。そうお願いしたところ、二つ返事で応じてくださった。「遅きに失したかもしれないが、全文を読み、教訓をくみ取ってほしい」という言葉とともに。『文藝春秋5月号』P317より

事件当時、神戸市に住んでいた私は、この特異な殺人事件をニュースで知り、大きな衝撃を受けました。

須磨区といえば神戸市の中でも比較的のどかな町で、海にも山にも近くて、ふらっと散歩をするにはぴったりの町並みです。そんな静かな場所でこんな恐ろしい事件が起きるなんて、誰も想像できなかったと思います。

犯人が捕まるまでに約1カ月という長い時間がかかったことで、目撃者の情報などから、犯人は背の高い中年の男ではないかという噂が流れました。ワイドショーの再現ドラマでは、死体が入っているとみられる血まみれのゴミ袋をさげた男性の映像が流れ、目撃者の証言をもとにした報道が、連日行なわれていました。その頃は、1人で歩いている背の高い中年男性を町で見かけると、思わずドキッとしたものです。

街中に不安が広がる中、しかし、逮捕されたのは中学3年生の少年でした。

 

あの凄惨な殺害方法。生首の口を裂いて手紙をくわえさせ、中学校の門の前に置くという恐ろしいやり方。子供が本当にそんなことを1人で出来るのだろうかと、納得できない気持ちがしたのを覚えています。

インターネットには彼が冤罪であるという噂が大きく流れていて、少年Aを救済しようという運動を行なっている人も多くいたようです。私が当時集めた情報では、確かに少年Aが1人で、この殺害と死体損壊、遺棄を行なうことは現実的に難しいと言わざるを得ないし、目撃情報や物的証拠もなく、本人の自供だけに頼って中学生の少年を逮捕したことには疑問も感じました。 しかも、彼は両親や弟2人と同居していたわけですから、そんな家族が暮らす家の中に殺害した男児の頭部を運び込み、風呂場で洗うという行為が、本当に可能なのでしょうか。中

学生の犯行でありながら、家の中に血痕や毛髪など証拠になるものを一切残さずに、さながら完全犯罪のように、カンペキに誰にも気付かれずにこれだけのことを14才の少年が行なえるものなのかと、不思議に思ったのは私だけではなかったようです。

A少年の「自供」と称して、次のような筋書きが描かれている。—24日午後A少年は「むしゃくしゃしていた。誰でもいいから殺してやろう」と思いたち、淳君を山に誘い込み、山中で首を絞めて殺害。いったんアンテナ基地の近くの窪地に遺体を隠す。「遺体を切ってみよう」と思いつき、下山して金ノコと南京錠を万引き。道具をもってまた山に登り、遺体を基地内にひきいれて隠した。翌24日午後、同基地内のコンクリート部分で遺体を切断。胴体部分は床下に隠し、頭部は草むらに放置した。道具一式を持って下山し向畑ノ池に捨てた。翌26日夜、タンク山に頭部を取りに行き、自宅に持ち帰り屋根裏に隠した後、浴室で洗った。そして翌27日未明に学校へ出かけた

そもそもA少年がその日の午後にアンテナ基地で遺体を切断したとされている25日は、淳君の大がかりな公開捜査が行なわれており、タンク山には午前中から警察犬を連れた警官や住民が入っていた。 「タンクの脇から迂回して登っていくと薮の中を警察犬を連れた鑑識のような格好をした人が捜索をしていた」  友が丘8丁目に住むSさんはこのようにわれわれに語った。  しかも、淳君の通う多井畑小学校の先生たちやPTAの役員も付近を捜索していた。さらに日曜日ということもあり散歩で山に入る人々もかなりいたという。  このような大がかりな捜索のまっただ中で、警察犬まで出動している中で、しかもまっ昼間に、だれにも目撃されることもなく、南京錠を切断し、40キロあまりの淳君の遺体を運び入れ(一人で?)遮蔽物のないアンテナ基地のコンクリート部分でそれを切断するなどということが、どうしてできるというのであろうか。

少年Aは本当に「酒鬼薔薇聖斗」だったのか。それとも冤罪だったのか。

いずれにしても、少年Aは1997年10月に関東医療少年院に送致され、およそ7年の更生・治療を経て仮退院、翌年の正月には本退院となり社会復帰。今は、普通の社会人として静かに生活をしているそうです。

文藝春秋が今回、神戸家裁の決定全文を掲載したことは、少年事件に対しての報道の在り方としては間違っているかも知れませんが、「神戸連続児童殺傷事件」に関しては、いまだに解決しているとは言えないし、少年Aを崇拝して英雄視している人、あれは冤罪だったのではないかという疑念を今も持ち続けている人など、さまざまな方面に傷を残したまま宙ぶらりんになっている感もありますから、家裁審判「決定(判決)」全文を公表したことは、私は正しかったのではないかと思います。