子供のいじめを100%解決する方法

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岩手県矢巾市の中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺した事件。この、腹立たしく、痛ましい事件について、今回は考えたいと思います。 

同級生によると、男子生徒は2年生のクラス替えをきっかけに、いじめられるようになった。「特定のグループに毎日のように頭をたたかれ、髪の毛をつかまれて机に頭を打ち付けられていたこともあった」とし、「本人は『やめて』と嫌がっていた」と証言した。「クラスの他の生徒たちは、かかわりたくないので距離を保っていた」とも話した。
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長期間にわたり繰り返されていたいじめ

「もうげんかいです」「死にたい」「死ぬ場所は決まっている」

生活ノートに記された少年の切実な訴えが、担任の心に響くことはありませんでした。

 

担任は心のどこかで思っていたのではないでしょうか。「いじめは無くならないから、どうしようもない」と。

そして、少年の心がいつかもっと強くなって、いじめ問題に立ち向かってくれるのではないかと、勝手に期待してしまったのではないでしょうか。

この大間違いの判断によって、少年は絶望し、疲れ果てて命を絶ってしまったのです。

本当にいじめは無くならないのか

子供の世界の中にはどうしても「いじめ」が発生しやすく、完全に0にすることは難しい。というのが多くの大人の見解だと思います。

いじめられたくないなら学校から逃げるしか方法がない。

そんな風に語る人も多いですよね。でも、なぜ何も悪くない人が、転校や不登校などでリスクを負わなければいけないのでしょう。

いじめに関わる子供は、大きく3つに分けられます。いじめを主導する子供と、いじめに加担する子供、そして、いじめられる子供です。

  1. いじめを主導する子供
  2. いじめに加担する、または見て見ぬ振りをする子供(複数人)
  3. いじめられる子供

この3者の中で、いじめに加担する子供といじめられる子供は、誰でも、どんな子供でもなり得ます。でも、いじめを主導する子供というのは、誰にでもなれるわけではありません。

いじめる側の心の歪み

人を貶めて、苦しめて、痛みを与えて、そこに喜びを見出す。普通の神経をしていたら、はっきり言ってできません。

そこには本質的な心の歪みが絶対的に必要となります。これは何も、いじめの加害者が憎いから人格を否定しているわけではありません。

たとえば、「隣に住んでいる主婦のAさん。自分に何か嫌がらせをしてくるわけではないけれど、なんとなく気に食わないし、態度も良くないように思うから、今度にらみつけてやろうかな。殴ったり蹴ったりしてやろうかな」そんなこと、思ったことありますか?

人間の中には自制心があり、善悪を計りにかける判断力が元々備わっています。それは、子供でも同じことです。

子供がコンビニに行って欲しいものを見つけても、レジでお金を払うまではパッケージを開いたり食べたりしないのは、お母さんに怒られるのが怖いからではありません。

その行動は「悪いこと」「してはいけないこと」だと、本能的に理解しているからです。

 罪悪感が快楽に

誰かを痛めつけて、相手が苦しい表情をしたり涙を流したりすれば、また、相手に何の落ち度も無いのが分かっていて痛めつけているならなおさら、加害者の心には罪悪感が芽生えるはずです。

しかし、そこに快楽を感じてしまう。

誰かをいじめるとなんだか気持ちがいいし、自分が強くなれたような気もするから、もっとやりたいと繰り返してしまう。

悪いと分かっていても自分に歯止めをかける自制心が機能せず、また、共感性に乏しいがために罪悪感さえ感じられない。先生に注意を受けても「懲りる力」が足りないので、同じことを平気で繰り返してしまう。

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いじめる子には療育が必要

おそらく、いじめを主導し、そこに喜びを感じる子供には、共感性障害などに代表される『自閉症スペクトラム障害(ASD)』があるのだと思います。

もしそうだと仮定するなら、何の落ち度も無い同級生に対して、あたかも自分が上位にいる人間であるかのように振る舞い、暴行や暴言を繰り返した上に、そこに罪悪感も感じられず、人の痛みが理解できず、先生や同級生にそれが知られることとなっても、それが自分にとって「悪い方向に向かうのではないか」という、当然のことさえ理解ができないという、一連の行動にも納得ができます。

いじめの根本的な解決に必要なのは、いじめを主導する子供の療育と、両親の理解です。

我が子が問題を抱えているということを保護者に伝え、きちんと理解させなければ、適切な療育は進められません。

まず、「あなたの子供が間違ったことをしていますよ」「何らかの障害を抱えている可能性がありますよ」ということを、校長や、学校内のいじめ問題責任者、特別支援コーディネーターから説明をしなくてはいけません。

いじめ問題は、いじめられている子供といじめている子供の2者の問題のように勘違いしている人が多いのですが、いじめ問題は、いじめている子供・両親・学校の、三者の問題です。

いじめられている子供は、例えるなら飲酒運転の車にひかれてしまった人と同じで、ただ巻き添えをくらっているだけですから、そもそも、まったくの無関係です。 

両親が受け入れないことも

学校関係の方に話を聞くと、学校内の素行を見て発達障害が疑われる子供がいても、両親に伝えると逆ギレして暴れだしたり、「名誉毀損だ」と訴えられたりするので、問題行動があっても、よほどのことが無いかぎり、見て見ぬ振りをすることが多いと言っていました。

確かに、いじめの場合においても、被害者側の保護者よりは加害者側の保護者の方が、学校にとっては何倍も「厄介な存在」には違いありませんから、躊躇してしまう気持ちも分かります。

でも、全国の中学校の中には、いじめに対して毅然として立ち向かっている学校もたくさんあり、もしいじめが発覚すれば即停学とか、原則として親が呼び出されるとか、そういったきまりを浸透させることで、いじめ防止を成功させているところもあります。

学校内でいじめが起きるのは、学校や保護者がなめられているからです。「こいつらどうせ何もやれねーだろ」と、タカをくくられているのです。 

村松亮さん(13)は、5日夜に列車にひかれて死亡する約5時間前、通信機能がある携帯型ゲーム機からウェブサイトの掲示板に「ミニマリオがじさつするそうです」「これが最後の投稿になります」と書き込んでいた。亮さんの父親(40)は「最後に、これから自分が死ぬんだと訴えていたんだと思う」と悔やんでいる。

 「ミニマリオ」はゲームのキャラクター。父親によると、ゲーム機は亮さんが当日所持していたリュックサックの中に入っていた。「ミニマリオ」は亮さん自身を指すとみられる。

いじめは絶対に無くせますよ。周囲の大人が、本気で覚悟を決めたなら。

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